第1276回 誰かに頼るということではなくて、それぞれの方がスペシャリストとして頼られる立場に進化して戦うということを…!!(2019.03.16.土)

https://www.ahouse.co.jp/

私は「住宅営業マン日記~月いちさん営業コンサルタント&大学講師」
菊原智明さんのブログを読んで
自分で感じた「独り言」を毎日facebookに書かせていただいております。

もちろん、菊原さんの了承を得て続けています。

2018年3月16日のテーマは

~言われて心底嫌だった言葉を人に言っていないか?~

でした。詳しい内容をお知りになりたい方は

https://plaza.rakuten.co.jp/tuki1/diary/201803160000/

で確認をしてみるのもよい方法だと感じるのですが…いかがでしょうか?

1276日目、私がfacebookに書いた言葉
から

私は自分が言われて嫌な言葉を捨てる
というか忘れる努力をしています。

この言葉の類は、無意識に自分でイライラし始めると
どこかでピークに達したとき、だれかれ構わなく
そこに来たタイミングの人に思わず、口走ってしまい、
後に自分で後悔してしまうことにつながってしまうからです。

まず、いい展開につながることはないため、
私は忘れることにしています。

これを踏まえたうえで
「俺をガッカリさせるなよ!」
は日本語の使い方さえ間違っていると私は感じます。

「ガッカリする」とは、自分で反省しているときに
一人称で使う言葉で、
二人称で相手に使うととても
失礼な発言になると私は感じるのです。

もし使うとしても相手の方を想って労ったり、
労わる使い方でなければならない
と私は感じるのです。

例えば、本当に失敗したと反省している姿を感じる時には
やさしい口調で
「ガッカリすることはない。
また今回の原因を自分で噛みしめ
前向きな気持ちで次に向かえばいい。」

と私なら使います。

手抜き、あるいは、ちょっとした気のゆるみでして失敗したのか、
それとも、自分の今持っている
力を出し尽くして失敗してしまったのかは
一目瞭然です。

今日のお題は
「言われて心底嫌だった言葉を人に言っていないか?」
です。

ここでもよく書きますが、私は、亡くなった祖母に
自分がやられて嫌なことは、絶対にほかの方にしてはならない。

という躾を受けました。

もしかすると
「俺をガッカリさせるなよ!」
という言葉は、またその上の上司から
言われ続けた言葉なのかもしれません。

しかし、誰かがこの言葉を止めて葬らなければ、
こんなネガティブしか感じられない言葉は
永遠にいい展開にはつなげていくことはできない。

と私は感じているのです。

話は変わりますが、
私は褒めて人を育てるという言葉にも
無理があると感じている人間です。

一言でいえば、温室育ちで
究極の土壇場に屋いこまれたとき、
それを乗り越える力が育たない
と私が感じているからです。

しかし、この反対は
言葉をつかって貶してみたり、嫌みを放つ
ということではないとも私は思っています。

困っているときほど、その悪い状況を
打破できるように一緒になって導いてあげることが必要だ
と私は思って行動しています。

この姿が教育であり、いい展開でそのチーム全体を
成長させることにつなげることができると私は思っています。

一流の学歴を持ったスーパースターを社員として持っている
ハウスメーカーの住宅営業マンもっという商社マンに立ち向かう時、
一人だけで勝負ではなくて、小さなチーム全体で力を出して
勝負に向かってもルール違反ではない。

と私は思っています。

強者に立ち向かう時、
弱者はそれぞれ個人がもっている
限界の力をあわせて全力で立ち向かうしか道はない
という風に私は思って行動してきました。

もちろんこれは、誰かに頼るということではなくて、
それぞれの方がスペシャリストとして
頼られる立場に進化して戦うということを意味します。

それでは、また明日。

最新情報を知りたい方は

https://www.facebook.com/taira.tazawa

でご確認くださいませ!!

もちろん、友達申請してくだされば、喜んで承認させていただきます。

((ノ(_ _ ノ)ヨロシクオネガイシマス!!

私、田澤 平(たざわ たいら)は一級建築士で
秋田県でお客様に「安くていい家づくり」を提供させていただいております。

詳しいことをお知りになりたい方は

https://www.ahouse.co.jp/

から、お入りくださいませ(*^-^)V!!

PageTop